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竹田出雲(たけだいずも)・並木千柳(なみきせんりゅう)・三好松洛(みよししょうらく)・竹田小出雲(たけだこいずも) 合作 |加茂堤|筆法伝授|車引|賀の祝|寺子屋|*トピック*| 【解説】 題名にある「菅原」は、平安時代に活躍した「菅原道真」の苗字です。 菅原道真は、学者であり、政治家であり、書家でありという、立派な人物。 歴史上の人物であると同時に、伝説上の神様としてあがめられています。 菅原道真=菅丞相(かんしょうじょう)は、死後、天神様(文道・学問の神様)として、現代でもあがめられています。 日本各地にある「天満宮(てんまんぐう)」は、道真公をお祭りしています。 受験生には特に大切な神様! そして、道真公は書道の大家。 書の三聖(弘法大師・菅原道真・小野道風)の一人です。 芝居の題名にも「手習(てならい)」の文字が入っています。 また『菅原伝授手習鑑』は、ストーリーの中に、初演当時、世間の評判だった「三つ子誕生」のニュースをいち早く作者が取り入れたという、話題性たっぷり! 活躍する三つ子の名前は、松王丸(まつおうまる)・梅王丸(うめおうまる)・桜丸(さくらまる)という3兄弟! この名前の由来は、道真の詠んだといわれる「梅は飛び桜は枯るる世の中に何とて松のつれなかるらん」の和歌を巧みに結びつけるという、隠し味! この和歌のとおり「梅=飛ぶ、桜=散る、松=つれない」がキーワードとなって物語りはすすみます。 「歴史的事実+伝説+話題性=おもしろい!」という図式です。 九世紀末の頃、藤原氏は他の有力貴族を排斥し、さらに皇室との政略結婚という作戦を用いて、ぐんぐんと政治の分野に台頭してきました。 「これ以上藤原氏が勢力をのばしては…」と危機感をいだいた朝廷は、藤原氏以外の人物をいろんな役職につかせて勢力のバランスをとろうとします。 宇多天皇(うだてんのう)が「遣唐使(けんとうし)」に選んだ菅原道真もそんな一人でした。 しかし道真は、 「渡航にはお金もかかるし危険が多いわりに、中国(唐)がわが国にもたらすものには実りが少ない。 第一、唐の国自体がいまや治安が乱れて危のうございます」 と遣唐使の廃止を提言します。 大使に任命された人物がズバリ「もうやめよう!」といったのですから、発想の大胆さと歯に衣着せないシャープな人物像がうかがえますね。 これを機に出世街道をばく進。 宇多天皇は醍醐天皇(だいごてんのう)に皇位を譲り、上皇となってなおも国政ににらみをきかせます。 この時、左大臣は藤原時平(しへい)、右大臣は道真でした。 左右両大臣のもうひとつ上の役職、太政大臣(だじょうだいじん)は空位でしたから二人はちょうど横綱不在のときの東西の大関のような立場。 道真 V.S 時平! どちらが上に行くのかと周囲の関心は高まる一方です。 時平は、出世欲と野心をむきだしにして戦うファイター。 道真は、天下のルールを守り抜くために正々堂々と戦う男。 政治の場という土俵では、道真が優勢でしたが・・・ 土俵の外の「ある出来事」が、道真を窮地に追い込みます・・・ この「出来事」が、すべての悲劇の原因・・・ 歴史の本によりますと、 「時平の讒言により、道真は大宰府へ流罪。その地に没す。」(讒言:ざんげん=他人をおとしいれるためにウソの意見を上司にちくること) とあります。 この道真失脚が、三つ子の運命を大きく変えます。 有名なセリフ「せまじきものは宮仕えじゃなぁ」を実感できる超大作です。 物語の中で一番の悪者は、出世欲むき出しの藤原時平という設定です。 もちろん、道真にも上のポストをのぞむ出世欲はあったと思いますが、お芝居では一貫して「道真=天神様=学問の神様」という高潔なイメージの善玉です。 →ページTOPへ |
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【加茂堤(かもづつみ)】 皇太子・斎世親王(ときよしんのう)と菅丞相(かんしょうじょう=道真)の娘・苅屋姫(かりやひめ)は互いに想いあっています。 今でいえば高貴なロイヤルカップルということで、国をあげてのお祝いごととなるわけですが、まだ公式カップルとして、発表できる段階ではありません。 若い二人は、デートしたいのですが、なかなかおおっぴらにはできません。 そこで三つ子の末っ子で、親王の舎人(とねり=(高貴な人の乗り物として使っていた牛車の牛を世話する役目の人)をしている桜丸夫婦が一役買って、二人のデートを取り持ち、賀茂川に逢瀬の場をもうけます。 若い二人が牛車の中で・・・・ しかし、この密会は露見し、後に「菅丞相は娘を斎世親王に嫁がせ皇后にし、政権を牛耳るつもりだ」とのあらぬ疑いをかけられて、流罪にされるのでした。 →ページTOPへ |
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【筆法伝授(ひっぽうでんじゅ)】 「菅原伝授」の名のとおり菅丞相が筆法の奥義を与えるという場面。 与える相手は武部源蔵(たけべげんぞう)という男です。 源蔵はもとは丞相の奥方園生の前(そのうのまえ)につかえる腰元戸浪(となみ)との情事をとがめられ、今は勘当の身。 当時は常識として、いわゆる「オフィス ラブ」は禁じられていたのです。 (べつに丞相の心が狭かったわけではありません!)それはさておき・・・ 筆法の後継者には認めてもらえますが、「勘当と伝授は別」と丞相は勘当を免じてはくれません。 ほどなく、その菅丞相が流罪に。 丞相には幼い一子・菅秀才(かんしゅうさい)がいます。 悪者どもが若君の命をつけねらうのは必定。 そこで源蔵は戸浪と共に、菅秀才を連れて京都の北のはずれ、芹生(せりょう)の山里にひきこもります。 そこで寺子屋(てらこや=私設学校・塾)をひらいて田舎育ちの教え子の中に若君をまぎらせてかくまうのです。 「菅原伝授」の四文字には、筆法伝授という意味だけでなく、「もとの主人の若君をなんとしでても守りぬく」源蔵のかたい覚悟がみてとれるようです。 いわば菅原の家そのものを後世に伝授するために身を削り心をくだく源蔵こそ、「菅原伝授手習鑑」全体を通しての一番の重要人物と申せましょう。 →ページTOPへ |
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【車引(くるまびき)】 三つ子の兄弟、松王・梅王・桜丸のうち、梅王・桜丸は道真・斎世親王の家来。 松王は道真の失脚を企んでいる藤原時平に仕えています。 (そういえば、梅と桜は綺麗な花が咲くのに、松だけが色鮮やかな花をつけません。このあたりに作者の隠された意図が見え隠れ・・・) 「車引」はこの敵同士の兄弟が大乱闘を繰りひろげるという簡単な筋ですが、その中に“カブキらしさ”がタップリ入っています。 例えば、三兄弟そろって見得のとき、舞台の面々から「デーッケェ」と声がかかります。 これは「見得が大きい、立派」という意味。 敵方の見得も褒めてしまうのが面白いところで「化粧声(けしょうごえ)」といい、その場を盛り上げ、効果抜群です。 「引っぱる」という動作はわが国でも古くから「力の証」と見なされていました。 團十郎家の歌舞伎十八番の中にある「象引(ぞうひき)」、曽我五郎と朝比奈の「草摺引(くさずりびき)」や景清と三保谷の「錣引(しころびき)」などは、何かを引っぱり合っての力比べそのものが主題になっています。 「車引」が原作の浄瑠璃から歌舞伎化されるときに、豪快な荒事(あらごと)の演出がほどこされました。 「荒事の力強さは子供の無邪気なのびやかさをイメージして演じる」というのが團十郎家の口伝で、「子供にゆかりの演目」という点からも荒事化がなされたと思われます。 三兄弟をはじめとする登場人物それぞれの隈取や、梅王丸が花道でみせる飛び六法(とびろっぽう)など、短い上演時間内に歌舞伎の視覚的エッセンスがぎっしりと詰まっています。 舞台写真家の吉田千秋さんは、「車引」の舞台を一枚撮れば隈取のレパートリーは一揃えできる、と語っています。 また、音の魅力も欠かせぬものです。 一言でいえば「荒事プラス義太夫の相乗効果」です。 荒事というのは江戸の歌舞伎で発達した芸ですが、当時江戸に普及していた三味線はほとんどが細棹(ほそざお)でした。 あのツンと細やかな音色は繊細すぎて、荒事の骨太な芸とは相性がいいとはいえません。 そんなところへ、「車引」という荒事化するにはもってこいの題材が義太夫浄瑠璃のメッカ、上方から伝わって来ました。 義太夫節(ぎだゆうぶし)、つまり歌舞伎でいう竹本(たけもと)ですが、太棹三味線(ふとざおしゃみせん)のパンチの効いたたくましい音は荒事と見事にかみ合いました。 たとえば、梅王と桜丸が笠をとって大きく見得を決めるところでも、太棹だと三味線の音がツケにかき消されないので義太夫の音楽的な流れが分断されません。 この見得の直後に二人はノリ地(三味線のリズムに合わせて言うせりふ、今でいう「ラップ」でしょうか)のセリフを高らかにうたい、その勢いのまま花道に駆け入ります。 ことに梅王はここで豪快な飛び六法をみせます。 まさに「息もつかせぬ」展開を可能にしているのは、たえまなくリズムを保っていられる太棹の強い音色に他ならないのです。 →ページTOPへ |
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【賀の祝(がのいわい)】 三兄弟の父・白太夫(しらたゆう)のかぞえ七十歳の長寿を家族で祝う日。 三兄弟とそれぞれの妻が白太夫の家に集まりますが、松王と梅王はここでもやはりいがみ合い、ついには米俵を投げたりと大乱闘。 この喧嘩の最中に、はずみで庭に植えてある桜の枝が折れてしまいます。 これがこの後に起こる悲劇を暗示します この「賀の祝」に登場する三兄弟の妻たちの名前も凝ってつけられており、松王‐千代・梅王‐春・桜丸‐八重という組み合わせになっています。 彼女たちの名前はそれぞれの夫を連想させるようになっているんですね。 →ページTOPへ |
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【寺子屋(てらこや)】 さて、「道真の息子を捕らえて首をはねろ」という気運が高まっています。 菅原家を根絶したい藤原時平の陰謀です。 でも、松王丸以外、誰も若君・菅秀才(かんしゅうさい)の顔を知りません。 というバックグラウンドから、『寺子屋』の幕が開きます。 菅丞相の家来で、寺子屋の師匠をしている武部源蔵は、村の庄屋方へ呼ばれて若君・菅秀才の首を討てとの厳命を受けます。 討つわけにはいかない…どうしょう… と考えながら家に帰ってみると、そこに、見るからに高貴そうな新入生がいるではありませんか。 この子の親には申し訳ないが、若君の身代わりにしようと決心します。 当時は、「親子は一世、夫婦は二世、主従は三世」という教えが一般的でした。 つまり、この世での「親子の関係」はこの世だけの関係、「夫婦の関係」は次の世(来世)までの関係、「主従の関係」は前世から来世までずーと続く関係、ということ。 この考え方から起きる悲劇はたくさんあります。 この世で夫婦になれないのであれば、あの世で結ばれよう!と心中したり・・・ 源蔵も心を鬼にしてこの考えをつらぬきます。 そして、身代わりにされた子供が、実は、首実検(くびじっけん=討たれた頭が本人のものであるか確かめる)役でやってくる松王の一子・小太郎(こたろう)だったという・・・。 松王は三兄弟の中で一人だけ菅丞相の敵・藤原時平の家来ですから、この『寺子屋』の場までずっと悪人側の人物です。 源蔵の家に松王が来ます。 松王は早く首を討って差し出せとせまります。 意を決した源蔵が家の奥にさがり、「えぃっ!」と首を討ちます。 源蔵は、松王の目の前に、討った子供の首を差し出します。 じっと確かめる松王・・・ さて、見どころは、まず「源蔵戻り」の場面。 庄屋さんの家で「菅秀才の首を討て」と言われ(この庄屋宅の部分は舞台では上演されません)、思案にくれながら花道から舞台へ向かう源蔵。 張り詰めた雰囲気の中で、いかにももの思いにふけっている様子がその足取りに…。 そして家に待っていた女房戸浪に事情を語るセリフの中に、「せまじきものは宮仕えじゃなぁ」の名せりふ。 クライマックスは首実検の場。 松王は息子の首が打たれる音を聞いて思わずよろめき、戸浪にぶつかり「無礼者めっ!」と大見得になります。 悲しい苦しい気持ちをぐっとこらえて刀をついて極まるところ、いかにもカブキらしい華のある見せ場です。 そしてひとつ気をつけて見て頂きたい場面があります。 小太郎が寺子屋に入門してきて、源蔵が他の子供たちと仲良くなれるように遊び時間を与える場面。 子供たちが勉強机を部屋の奥に手際よく積んで片付けて、それから奥へ駆け込んでいきます。 この机を積み上げることに実は大きな演出意図があるのです。 小太郎は勝手がわからないので、自分の机はその場に残したままです。 源蔵も戸浪もそれを見過ごしてしまう。 また、戸浪は以前からこの家で保護している菅秀才を、彼の机と共に他の子供たちとは別の部屋に慎重にかくまいます。 つまりこの場面は――源蔵夫婦が他のいろんなことにものすごく注意を払っていながら、「小太郎の机にだけは心配りが至ってない」「ひとつだけ盲点がある!このあと大変だよ!」という緊張感を表現しているのです。 映画だったら一つだけ残された小太郎の机が何秒間かアップになるのでしょう。 アップのできない生の歌舞伎舞台では「積まれた机」がその代わりを果たすのです。 積まれた机と小太郎の一脚とを部屋の奥と手前とに対照的に置くことで見過ごしを強調したのです。 机の事を言い出すのはたしかに松王ですが、観客側は「源蔵夫婦が片付け忘れたばっかりに…」と思いながらみていると、緊張の度合いがまるで違ってきます。 また、「松の女房が千代」というのが実に心憎いネーミングですが、松の木は樹齢が長いですね。 ほかの樹木のような色鮮やかな花が咲きません。 この「花や果実に恵まれず、枝葉だけがいつまでも青々としている」姿を、作者は、「子に先立たれた親」の悲しみと結びつけたかったのでしょう…。 →ページTOPへ |
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【そして…】 この後、菅秀才・苅屋姫は都に行き、藤原時平を討ちます。 その時不思議なことに都のあちこちに雷がおちる。 姉弟を邪魔しようとする悪人たちは、雷に打たれて死ぬ。 菅原道真「雷神伝説」を取り入れて、めでたしめでたしで幕をとじます。 ***** トピック ***** さて・・・ 昔から、『松・竹・梅』という言葉がありまして、今でも日本酒の銘柄や、定食などのランクにも使われたりしていますが… この物語の主人公である松王丸・梅王丸・桜丸の三兄弟の頭文字は松・梅・桜。 いわゆる「松竹梅」のうちの竹と桜が入れ替わっています。 竹はどうなったのでしょうか? ここまでお読みになった方ならもうお分かりだとは思いますが、『菅原伝授手習鑑』全編を通じて三兄弟に匹敵する重要人物がいますよね。 菅丞相から筆法を伝授され、また主人の一子を命をかけて守り抜いたあの人物。 そう、武部源蔵。 |
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