歌舞伎・文楽ミニ知識 - イヤホン解説余話

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「二人藤娘(ににんふじむすめ)」 歌舞伎座 夜の部Aプロ

バリエーション舞踊から
『二人藤娘』は『藤娘』の藤の精を二人で踊るバージョン。
『藤娘』は藤の精が娘に化身し、いかにも娘らしい優美な姿や恋心をさまざまに見せる踊りで、そもそもは『哥へす哥へす余波大津絵(かえすがえすなごりのおおつえ)』という五変化舞踊の最初のひとコマでした。「変化舞踊」は一人の踊り手がいくつかの役柄に次々に変わって踊るもので、『哥へす哥へす…』は琵琶湖畔、大津のお土産として江戸時代初期から人気があった素朴な画「大津絵」に描かれたキャラクターのうち、“ 藤かつぎ娘 (藤の枝をかついだ娘)”、“ 座頭 (ざとう、盲目のあんま)”、“ 天神 ”、“ 船頭 ”、
“ 奴 ”の五つを踊りわけるものでした。
瀟湘八景がオリジナル
『藤娘』は「藤かつぎ娘」が絵から抜け出て踊る趣向で、伴奏される長唄の詞には、大津絵にちなんで「近江八景(おうみはっけい)」の地名がたくみに読み込まれています。

近江八景というのは、琵琶湖畔南部に点在する名勝を中国湖南省の洞庭湖(どうていこ)とその近くの河、湘江(しょうこう)、瀟水(しょうすい)の風光明媚な八つの情景を描いた「瀟湘(しょうしょう)八景図」になぞらえたものです。日本には、ほかにも金沢八景など、“ 何々八景 ”というのがありますが、近江八景はそれらのなかでもっとも早く選定されたといわれます。

都に近い江(みず)の郷
水のある景色は、なにか心癒やされるようで、人々の気持をとらえるのでしょう。琵琶湖は京の都から一番近い水の郷。今なら、京都から新幹線で東山のトンネルを抜けると、やがて目の前に広がります。それでこの地は近江(ちかつあふみ→おうみ)と呼ばれるようになりました。ちなみに静岡県の浜名湖は遠江(とほつあふみ→とおとうみ)でした。
都にほど近い、水を背景にした八つの景勝地は、まず都の人々に愛でられ、やがて広く知れ渡るようになりました。
掛け言葉になって
さてその近江八景は、南から

石山の秋月(いしやまのしゅうげつ)=石山寺、瀬田の夕照(せたのせきしょう)=瀬田の唐橋 、粟津の晴嵐(あわづのせいらん)=粟津原 、矢橋の帰帆(やばせのきはん)=矢橋、 三井の晩鐘(みいのばんしょう) =三井寺、唐崎の夜雨(からさきのやう)=唐崎神社、堅田の落雁(かただのらくがん)=堅田の浮御堂 、比良の暮雪(ひらのぼせつ)=比良山の八つ。「夕照」は夕焼け、「晴嵐」は晴れた日に、風で松の葉がこすれる音が嵐のように聞こえる様、「帰帆」は帰途につく帆かけ船、「落雁」は舞い降りる雁、「暮雪」は夕暮れの雪景色のことです。『藤娘』にはこれらの地名が“ 堅い誓の石山に 身はうつせみの から崎や ”というように、掛け言葉になって出てきます。


矢橋帰帆:歌川広重画 唐崎夜雨:歌川広重画

和歌で暗記
ここで、近江八景を覚えるのに便利な「歌」をご紹介しておきましょう。

せた(瀬田)から さき(唐崎)はあわず(粟津)か ただ(堅田)のかご ひら(比良)いしやま(石山)や はし(矢橋)らせてみい(三井)

これは江戸時代の天明期を代表する文人、大田南畝(おおたなんぽ)が、カゴ屋から「近江八景の地名すべてを一首の歌に入れることができたら、カゴ代をタダにしよう」ともちかけられて作った歌なのだそうです。

 
「鎌倉三代記(かまくらさんだいき)」 国立小劇場 12月文楽公演

大坂夏の陣を劇化
タイトルにある「三代」は鎌倉幕府の将軍、源頼朝、頼家、実朝を指しています。そこからこのお芝居は一見、彼らのお話とみえますが、実は江戸初期、慶長20年(1615)に起きた徳川VS 豊臣の戦い「大坂夏の陣」を脚色しているのです。
国家安泰に言いがかり
徳川家康は、自分が存命中に豊臣を潰してしまおうと、豊臣家が秀吉を供養するために建てた方広寺の鐘に「国家安康」と刻まれているのは、家康の文字を切り離し、呪おうとしている、と難癖をつけて挑発。豊臣方の実質的トップ、豊臣秀頼の母、淀君がまんまとこれに乗せられたのが「大坂の陣」の発端です。はじめに冬の陣が、翌年に夏の陣が起き、ついに淀君も秀頼も非業の最期を遂げ、豊臣家は滅亡しました。
取締り逃れに
庶民はこの豊臣の悲劇的結末に「判官びいき」に似た同情をいだき、特に、豊臣の地元、大坂ではその傾向が強かったといいますから、当地の芝居作者がその劇化を考えるのは当然といえましょう。
ところが、徳川幕府は、大衆が政治批判するのを恐れ、同時代の事件をそのまま芝居にすることを禁じていました。この取締をかわすために、芝居関係者が編み出したのが、時代や人物を他に置き換え、本来の姿をカモフラージュする方法でした。
時政=家康
このお芝居もそうして創られた一つで、登場人物の北条時政は、本当は徳川家康であり、源頼家=豊臣秀頼、時政の娘、時姫=家康の孫で秀頼の妻になった千姫という具合。ただし時姫の夫は、順当なら頼家ですが、よりお話を面白くするために、大坂の陣で活躍した豊臣方の若き武将、木村重成をモデルにした三浦之助義村とされました。

高綱はゲリラ活動
豊臣方の名軍師、真田幸村に当るのが佐々木高綱で、彼は地下にもぐって、敵の総大将、時政の命を狙っています。

さて絹川村の場面(米洗いの段)では、安達藤三郎なる人物が敵方、三浦之助の妻になっている時姫を父の時政の元へ連れ戻そうとします。

実説をもう一ひねり
この藤三郎に相当する実説の人物は、大坂落城の折、猛火を潜って千姫を救出し、祖父、家康の元へ戻した坂崎出羽守(さかざきでわのかみ)です。出羽守はその際、顔に大ヤケドを負ったことから、藤三郎の顔にもそれを暗示する傷があるのですが、実はこの藤三郎こそ・・・、とさらに一ひねりした展開に。
抜け穴も取り入れて

高綱のモデル真田幸村は、家康を茶臼山(ちゃうすやま)の本陣近くで追い詰めるも、叶わず討死しました。ただ彼には、秀頼と共に大坂城から、今も天王寺区に残る「真田の抜け穴」を通って脱出し、薩摩へ逃れたとの説があって、絹川村の場(高綱物語の段)にも、これに当る抜け穴が出てきます。

 



三光神社境内に残る「真田の抜け穴」
(大阪市天王寺区)

解説余話バックナンバー


2018年11月 「実盛物語」平成中村座・「鶊山姫捨松」 大阪国立文楽劇場
2018年10月 「華果西遊記」大阪松竹座
2018年09月 「金閣寺」歌舞伎座 ・「増補忠臣蔵」国立小劇場

2018年08月 「盟三五大切」歌舞伎座 ・「日本振袖始」国立文楽劇場

2018年07月 「河内山」大阪松竹座 ・「卅三間堂棟由来」大阪国立文楽劇場
2018年06月 「平家女護島 俊寛」博多座 ・「絵本太功記」国立文楽劇場

2018年05月 「雷神不動北山櫻」歌舞伎座・「本朝廿四孝」国立小劇場
2018年04月 「絵本合法衢」歌舞伎座・「義経千本桜 道行初音旅」国立文楽劇場
2018年03月 「国性爺合戦」歌舞伎座
2018年02月 「一條大蔵譚」歌舞伎座・「女殺油地獄」国立小劇場

2018年01月 「京人形」浅草公会堂・「傾城恋飛脚」国立文楽劇場
2017年12月 「寿曽我対面」ロームシアター京都・「ひらかな盛衰記」国立小劇場