『仮名手本忠臣蔵』
(かなでほんちゅうしんぐら) 
くまどりん
竹田出雲(たけだいずも)・三好松洛(みよししょうらく)・並木千柳(なみきせんりゅう) 合作

大序二段目三段目四段目道行旅路の花聟
五・六段目七段目八段目九段目十段目十一段目

【解説】
どんなに不入りが続いてもこれを上演すると起死回生の大入りを呼び込むところから、歌舞伎の独参湯(どくじんとう:特効薬のこと)といわれるこの演目。
もともとは人形浄瑠璃の作品でしたが、歌舞伎にうつされ、以後さまざまな演技・演出が試みられてきました。
赤穂浪士の討ち入りがあったのは元禄十五(1702)年の十二月。
この四十六年後の寛延元(1748)年の八月に人形浄瑠璃の作品として大坂(大阪)で上演されました。
「にっぱち」とよく言いますが、気候の厳しい二月と八月は、とかく客足が鈍りがち。それを何とか打破すべく、人々の関心の高い赤穂浪士の芝居を持ってきました。
早春の冷たい空気の中で無念の切腹をとげる塩谷判官。東海道の春景色から夏の雷雨の暗闇へとつづく早野勘平の悲劇。秋の夜風で酔いざましの一力茶屋を経て、最後は雪の討ち入りを決行する大星由良之助……と、この物語は舞台の進行が四季の移ろいと見事にマッチしています。主君切腹の悲劇から仇討ち成就まで、浪士たちがついやした月日の長さや重み。
それを作者は「季節感」という誰にもわかるフィーリングで表現したんですね。
さらに言えば、この「忠臣蔵の四季」のうちの夏のくだりに、いわゆる「世話場」をあてていることも見逃せません。
世話場とは、庶民の生きる姿を描いた場面。舞台のつくり、役者の演技、セリフの句、すべてが現実の市井に根ざしたリアルなものです。
「雨漏りを直しましょう」だの「雷が屋根に落ちて大変」だの、この季節(初演は八月)に誰もが言い覚え、聞き覚えのある会話が頻繁に出てきます。
だから観客は「夏」というフィルターを通して「忠臣蔵の世界」にすんなり同化できたのでしょう。
自分も仇討ちに参加しているような、今でいうヴァーチャルリアリティのような感覚で楽しみましょう。
実説は、江戸時代ですが、お芝居の時代設定は室町時代です。というのは、当時の江戸幕府は、幕府に逆らうようなテーマの劇の上演を禁じていました。
そういうわけで、赤穂浪士は室町時代にタイムスリップいたしました。
【大序(だいじょ)】 鶴ヶ岡八幡宮の場
所は鎌倉の鶴岡八幡宮。
将軍足利直義が新田義貞の兜を塩谷判官の妻・顔世御前に鑑定させようとしています。
居合わせる高師直は顔世御前に横恋慕していますが、顔世からは良い返事が返ってきません。
虫の居所の悪くなった師直は腹いせにそばにいる桃井若狭之助に意地悪くあたるのでした。
大序は全十一段にも及ぶ大作の幕開き、荘厳な空気がただよいます。
定式幕が下手から上手へ開けられると、一同は皆うつむいておりますが、義太夫の語りに合わせ、直義、師直、若狭之助、判官の順に顔を上げます。
これは、この「仮名手本忠臣蔵」がもとは人形浄瑠璃の作品であったことをあらわしています。
つまりこれから「仮名手本忠臣蔵」という芝居が展開していくはじまりに、人形たちに命・魂が吹き込まれて人間になるということを表現しているのです。
またここで注目していただきたいのは、それぞれの登場人物の衣裳、とりわけその色です。
直義は金と銀、師直は黒、若狭之助は水色、判官は黄色の衣裳を身に付けています。
このコントラストが、えもいわれぬ色彩美を醸しだしているのです。
それだけでなく、衣裳の色は各人の性根をあらわしています。
直義の金銀は将軍という他者とは一線を画する格、師直の黒は悪、若狭之助の水色は正義と若さ、判官の黄は若さと危うさをそれぞれ表現しているのでしょう。
すなわち、観客がこの大序をパッとみるだけで登場人物の性格やこれからの展開がある程度予測できるように仕組まれているのです。
【二段目】 桃井館の場
大序の鶴岡八幡宮で高師直から恥をかかされ憤まんやる方ない桃井若狭助。
次の二段目というのは若狭助が師直を切る決意をし、家老の加古川本蔵も表面は主人に同意して“見事本懐を”と松の枝を打ち落として見せる場面です。
しかし、お家の存続を第一と考える本蔵は主人に内緒で師直に賄賂を贈り、彼に謝ってもらうしかないと考えます。
この二段目はあまり上演されないのですが、「忠臣蔵」の悲劇の遠因となり、九段目の伏線となる重要な場面です。
【三段目】 足利館門前進物の場 / 同 殿中松の間の場 / 同 裏門の場
血相を変えて迫る若狭助に本蔵の思惑通り師直は平謝り。
桃井家の危機は回避されましたが若造に頭を下げた師直のうっぷんがやがて塩谷判官に向けられていきます。
数々の罵詈雑言を浴びせられても必死に耐えていた判官も「鮒侍」とまでいわれては遂に堪忍袋の緒が切れて殿中での刃傷にいたってしまうのです。
この段に登場する鷺坂伴内はおかしみの道化。歌舞伎ではチャリといいます。
キーキーと高い声で、いかにも威厳のなさそうな様子。
顔も白一色に塗ってサーカスのピエロのよう。
若狭之助の家老・加古川本蔵が実は師直に賄賂を持ってくるのだとは知らずに、家来たちを集めて本蔵に切りかかる練習をします。
上司が上司なら部下も部下で、数人いならんで何回もトンチンカンなお稽古をするおかしみのところ。
そして本蔵が進物を持ってきて伴内の着物のたもとに文字通りの“袖の下”を入れると、ゲンキンに態度がガラリと変わります。
次がいよいよ松の間刃傷。緊迫した場面になるわけですが、芝居のなかには悲劇のクライマックスの直前に、こういったチャリを入れることがよくあります。
いったん緊張感をゆるめておいて、悲劇をいっそうきわだたせる優れた演出です。
【四段目(よだんめ)】 扇ヶ谷塩冶館切腹の場 /  同 裏門の場
前半のクライマックスにあたる段。
殿中での刃傷をはたらいた判官は即刻切腹を命じられます。
しかし、家老・大星由良之助は主君切腹という大事の場にまだ到着しません。
ようやく駆けつけた由良之助に判官がたくしたものとは…。
つづく「城明け渡しの場」では由良之助を演じる役者の肚芸が見どころ。由良之助の思いを派手な動作やセリフなしで表現します。
この場の由良之助をうまく演じられないと「忠臣蔵」の芝居全体が台無しになってしまうほど重要な場面です。
また、この段は切腹という厳粛な場面のため、一旦幕があくと観客の途中入場はできない決まりになっています。
ご観劇の際はご注意を…
【道行旅路の花聟(みちゆきたびじのはなむこ)】
通称:『落人』(おちゅうど)
お軽・勘平のくだりは本来の人形浄瑠璃では三段目の切にありましたが、歌舞伎では清元の舞踊に改変され四段目の後に上演されます。
主君塩谷判官の大事に駆けつけられなかった勘平が、恋人・お軽の実家である山崎の里へ二人で向かう道のりを踊りで見せます。
またここでも鷺坂伴内が登場し、勘平との立ち廻りになります。
【五・六段目(ご・ろくだんめ)】
五段目 山崎街道鉄砲渡しの場 / 同 二つ玉の場
六段目 与市兵衛内勘平切腹の場

忠臣蔵全段の中で、もっとも上演回数が多い、人気演目です。
赤穂義士に名を連ねていながら、無念にも討入りに加われなかった男、早野勘平(はやのかんぺい)のお話。五段目と六段目は、続けて上演されます。
お家の一大事の時、恋人とデートしていた勘平は、今、その恋人お軽の実家、山崎の里に身をよせ、狩人暮らしをしています。いつか主君の仇を討ちたいと、深く心に秘めていますが、仇討ちするには、まず軍資金が必要・・・
ある雨のそぼ降る夜、猟に出たとき、昔の同僚に出会い、密かに仇討ち計画が進行していることを知ります。いよいよチャンス到来!
同僚と別れた勘平は、いい獲物のイノシシを見つけます。ちょうど同じ時、勘平の舅・与市兵衛(お軽の実父)が、街道沿いの稲むら(刈りとった稲の束を干しているもの)のもとで雨宿り。
与市兵衛は、勘平のために軍資金を作ろうと、勘平にはナイショでお軽を売って、大金を懐に帰ってきたところ。突然、稲むらの奥からにゅっと手が出て、与市兵衛を刺し殺す。強盗殺人の犯人は、斧定九郎(おのさだくろう)という浪人者。
そこへ、イノシシが駆けてきます。イノシシを追ってきた勘平は、鉄砲で狙いを定めて撃ちます。暗闇の中、しとめた獲物をさぐってみますと・・・・それは人間でした。大変なことをした!大丈夫か!とその懐をさわると、縞の財布に五十両という大金。悪いこととは知りながら、血に染まった財布を持ち逃げします。

長々と、あらすじを連ねましたが、ここまでが、五段目。
通称、山崎街道の場、鉄砲渡しの場、二つ玉の場です。

そして、悪夢のような夜が明けて・・・・ 続いて六段目。
妻は売られ先に連れ去られるわ、義父の死体はかつぎこまれるわ、義母には親殺しと責立てられるわ、やってきた同僚にはあきれられるわ・・・
あげくの果てに、こんな人非人は仇討ちする資格がないと言い渡され・・・・
こりゃ勘平は切腹せざるを得んでしょう。
五段目を見た観客だけが、事件の真相を知っていて、勘平をはじめ登場人物は誰も知らないというのがミソ。腹を切ったとたん、勘平の無実が証明されます。
「こりゃ勘平・・・早まったことを いたしたなぁ」
あとの祭りです。

ところで、勘平は山崎の里で猟師をして生計を立てていますが、「世話場のリアリティ」というのが、五段目の鉄砲の取り扱いの演技に如実にでています。
火縄を湿らせない工夫、獲物を撃ってからとどめをさすまでの手順、などです。
こんにちの映画やビデオでも、例えば戦争、アクション物でメカニックな描写にすごくこだわった場面が出てきますね。ああいうリアルさに通じる楽しさかも…。

それから、五段目に登場する斧定九郎という男。
「忠臣蔵」の役の中で最もセリフが少ないのがこの役でしょう。
与市兵衛を殺して奪った縞の財布に手を突っ込んで闇の中で黙って数え、たった一言…
「五十両」(ごじゅ〜〜〜りょ〜〜)
この強盗殺人犯、登場して、死ぬまでとってもカッコイイ。
このときに演奏される三味線音楽もすごいし、色彩が大変印象的!
一面の黒幕を背景にして、黒の着付に顔と手は白塗りという見事なコントラスト。
これに口から流れて太ももにタラタラとかかる鮮血の色が加わるという色彩美。
この見事な悪の色男は初代中村仲蔵という役者がつくりあげました。
【七段目(しちだんめ)】 祇園町一力茶屋の場
舞台は京都祗園の一力茶屋。
六段目で売られたお軽が遊女として働いている店です。
由良之助はここでお茶屋遊び(おちゃやあそび:当時のナイトスポットで金に糸目をつけずに遊びまくること)にふけっています。
浪士たちすら由良之助が仇討ちの志をわすれたかのように思うのですが…。
七段目の由良之助はもっとも難しいといわれております。
というのも、祇園の一流の店で、遊びに遊べるという色気、遊びながらも主君の仇討の炎を胸のうちで燃やす性根、そして浪士をたばねる者としての器の大きさ・・・
このすべてが要求される役どころが、七段目の由良之助です。
【八段目(はちだんめ)】 道行旅路の嫁入(みちゆきたびじのよめいり)
「道行(みちゆき)」は先の四段目の後の「落人(おちゅうど)」のように、たいがい恋人同士の男女を中心としたものが多いのですが、この八段目は加古川本蔵の妻・戸無瀬(となせ)とその義理の娘・小浪(こなみ)、つまり母子の道行となります。
小浪は、由良之助の息子・大星力弥(おおぼしりきや)の許婚者(いいなずけ)。
母と娘は連れ立って、力弥がいる山科へと向かいます。
その道中を描く舞踊劇。一座の立女形(たておやま)が演じる戸無瀬と若女形の小浪の対照が見どころです。

ちなみに、恋人同士でない例外的な道行を挙げますと…
『義経千本桜』の「吉野山」(源義経の愛妾・静御前と家来・佐藤忠信実は……のいわば主従関係の二人の道行)
『妹背山婦女庭訓』「道行恋苧環」は(求女・橘姫・お三輪の男一人女二人の道行)などがあります。
【九段目(くだんめ)】  山科閑居(やましなかんきょ)の場

塩谷判官が高師直に刃傷におよんだ時、加古川本蔵が判官を抱きとめたためにとどめを刺すことができなかった。
その本蔵の娘・小浪と大星由良之助の息子・力弥とはいいなずけ。
しかし、判官の無念の切腹は本蔵のせいだという見方もあるので、大星側は世間の手前二人の結婚を認めるわけにはいきません。
ところが、小浪は力弥と一緒になりたい一心。
彼女の義理の母・戸無瀬は意を決して大星家を訪ね祝言を迫るのですが…
【十段目(じゅうだんめ)】 天川屋(あまがわや)の場
ここはあまり上演されることがない段です。
商人という立場ながら息子を犠牲にしてまでも義士に力を貸そうとする天川屋義平(あまがわや ぎへい)の侠気が見どころとなります。
この天川屋の「天(あま)」「川(かわ)」が、討入りの時に同士討ちしないための、合言葉。
【十一段目(じゅういちだんめ)】 高家表門討入の場 / 同 奥庭泉水の場 / 同 炭部屋本懐の場
いよいよ討入。
師直(もろのう)の首を討って見事本懐(ほんかい:最初から思っていたこと)を遂げるまでを、これでもかというほどの、実録風立廻りで見せます!

そして、最後 両国橋引上げの場
師直の首をみごと討ち取った赤穂浪士一行が、首を亡き主君の眠るもとへと、節度を持って、引きあげるとき、両国橋にさしかかります。
現在の東京都墨田区から品川区へと向かうわけですから、両国橋を渡ることは、いわゆる江戸城をかすめて行くことになります。
そこに登場する、一行の行く手をはばむカッコイイ男!
やり遂げた男たちとその男との、心と心意気のやりとりで、全段の幕を迎えます。
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