イヤホンガイドとは - イヤホンガイドの歴史

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イヤホンガイド誕生秘話

イヤホンガイドは昭和50年(1975年)11月の歌舞伎座顔見世興行で正式にスタートしました。
イヤホンガイド誕生をめぐって、こんなエピソードが残っています。


イヤホン解説のきっかけ ― ジャンボ機でみた仏映画で ―

ジャンボジェット機が就航するようになってすぐ、久門郁夫(当時朝日新聞記者、前 イヤホンガイド社長)がフランスに出張した。その折、機内で封切されたばかりのフランス映画が上映された。せりふのフランス語は全くわからない。そのころは日本語のアテレコもなければ字幕もない。ところが一緒にいた同僚が映画通で、既に映画雑誌でその筋を読んでいたので、映画をみながら時折、耳元にささやいてくれた。その断片的な説明だけで、話がつながり結構楽しめた ― これはなにかに使えないかなと思った。これが後日歌舞伎に結びついたイヤホン同時解説のきっかけだ。

微弱電波の利用  ― まず地下鉄で ―
当時、新聞社から東京12チャンネル(現・テレビ東京)に出向した久門は、これからの情報社会は電波が支配すると見抜き、その利用に頭をひねっていた。その時、友人のテレビ局の技術屋に「微弱電波を使って決まった範囲内に流す媒体を考えたら」と助言をうけた。そこで、最初、地下鉄、競馬場、競輪場が想定され、まず営団地下鉄(現・東京メトロ)に持ちこんだ。試験電車を走らせてくれた。車内に微弱電波を出し放送に成功した。「メトロラジオ」と銘うって事業化にのり出そうとしたとき、オイルショックになってペンディング。

競馬場での実験
ついで、大井競馬場に的をしぼった。関係者は大賛成で、競馬場に仮のアンテナを張って場内放送の実験に入った。資金もあちらこちらから出すという声があがったときだった。競馬場で配当金の不正騒ぎで大騒乱が起り、競馬ファンが、身のまわりのありとあらゆるものをこわし、投げる始末。競馬場の管理者は石ころを拾ってはかくす始末、まして凶器となるような“小型ラジオ”を渡したら大変だと、この計画も、実施寸前で白紙にもどってしまった。

カブキで解説は邪道?・・・
それからサッカー、プロレス、ゴルフ、相撲などにあたってみたが、いずれも賛成を得られず、昭和49年に国立劇場にこの計画をもちこんだ。当時、「歌舞伎は自分の目と耳で直接経験すべきもので、わからなくてもだんだんわかるようになってくる。他の人が解説したものでわかるのでは邪道ではないか」という本筋論が占め、国立劇場では敬遠された。
アテにしていた国立がダメでは後がない。「歌舞伎座はあるけど商業劇場だから啓蒙的(けいもうてき)なイヤホン解説など興味ないだろう」と思いこんでいたが、仕方なく歌舞伎座をたずねて“日本人向けに日本語で解説したい”と懇請した。松竹の堀内森夫さん(故人・当時歌舞伎座支配人 後に松竹株式会社専務)だけが、「外人向けの英語解説は以前にやったけど、今は倉庫に眠っている。日本人向けの解説ならいける」と大賛同。テストをくり返し、昭和50年11月から本放送に入った。

デビュー時は利用者たった7人
1975年(昭和50年)11月4日午前10時。東京の歌舞伎座の一階ロビー、使われなくなったクロークのカウンターに、50台ほどの小型ラジオが並べられた。壁のポスターには「歌舞伎の筋や約束事、配役などが、舞台の動きに合わせてイヤホンから同時解説されます。観劇の邪魔にならず『舞台が何倍も楽しくなります』」とあり、受信器の貸し出し料金は、300円。
その朝、開演5分前のベルが鳴るまでに、立ち寄って「なに?」と聞いた人はわずか13人、説明を聞いて借りた台数は7台。しかし、大半の観客はポスターを見ながら「あんなモノいらない」と去った。予想では1回の公演で20~30台は出ると思っていたが、意外な低調ぶり。
かたわらでじっとお客さんの反応を見ていた久門郁夫はその時、「手応えはある」と確信したという。理由は、初めての代物なのに説明を受けた観客の半数が利用したこと。それなら“同時解説”の内容が一般に知られれば、もっと使われると思ったのだ。さらに終演後の利用者が「今まで、いいかげんに見ていた芝居がウンと面白くなった」と感想を述べたことにも力を得た。その後1年間、試行運営が続けられ、1976年8月、朝日新聞、松竹、東京ガス、東京電力などの関係各社が出資して朝日解説事業株式会社をスタートさせた。
歌舞伎がわかる、おもしろい ― イヤホンファンの声 ―
同時解説はやさしくわかりやすく舞台や演技にあわせて説明し、楽しんでもらう。大衆娯楽に徹底してみてもらうのが狙い。知らない方には補聴器としか映らない。余計なことをべらべらしゃべる。うるさいと思う。また“歌舞伎はよく知っている”と自負する人には余計なものだという。ところが一度借りてイヤホンを耳にすると、“案外おもしろい”から“イヤホンファン”に変る人が多い。ともかく一度耳にしてくれると、歌舞伎の面白さも身近にわかり、ファンがファンを呼んでいる現状だ。
海外公演で評判
歌舞伎のパリ公演で、フランス語のイヤホンが登場したとき、初日は一般のお客様で借りた人が一割くらい。翌日の新聞で評論家がそろって好評の記事をのせ、その日のイヤホン貸し出しは六割にはねあがった。「鑑賞に役立つ、よいものだ」という感想だったが、当時、日本の新聞批評では初日の様子しか取り上げず、「イヤホン害度」などとボロクソだった。
その後もパリ、ロンドンと歌舞伎の海外公演がつづき、いまでは、海外公演にはイヤホンガイドがつくのがあたりまえとなっている。
歌舞伎から・・・文楽・・・来日演劇へ・・・
歌舞伎で発足したイヤホンガイドはやがて文楽におよび、歌舞伎座、国立劇場をはじめ、全国の劇場のみならず、海外公演でも実施され、さらに、来日する中国の京劇、ロシア演劇、オペラ、バレエ、ミュージカル、アジア各国の伝統舞踊演劇、シェイクスピア劇、ギリシャ劇などなど、古典から現代まであらゆるジャンルの外国語演劇でも、同時解説を実施するに至った。

若い人たち・国際人たちに人気のイヤホン
イヤホンガイドをはじめた当時の観客層はお年寄りが多く、比例して借り手の年齢層も高かった。しかし、イヤホンガイドを始めてから、年齢層が広がり始め、現在では若い人たちが圧倒的に多い。また海外に出かけたり、住んだりする日本人が多くなったが、現地で歌舞伎や文楽の話が出て、“知りません”という自分に気付き、日本に帰ってきてからあらためて劇場に足を運ぶ、そういう人たちが急増している。